• このエントリーをはてなブックマークに追加

おはようございます。

タイトルの通り、今日はちょっと重い話をします。
いろいろと疑問に思う点はあるかもしれませんが、当時若手社員として見たこと、感じたことを書いています。詳しいことは存じ上げませんので、この件に関してのご質問はご遠慮くださいますよう、お願い致します。

私が人材派遣業からIT・システム開発の世界に飛び込んできたのは10年と少々前のことです。
ほぼ受託専業のシステム会社に採用され、これからIT業界でどうやって行こうかと夢を持って動き始めた頃に起きた話です。

兆候

IT業界にやってきて1年が過ぎたころ、パッケージを売り歩いたり、大手システム会社に営業に行ったり、協力会社にエンジニアの提案をお願いしに行く多忙な日々を送っていました。社内インフラはそれなりに整備されていて、グループウェアや社内Wikiで営業活動やスケジュールが共有されていました。今となっては意外な気がしますが、そのスケジュールは営業やSEはもちろん、取締役、社長に至るまで確認することができるシロモノでした。
あるとき、社長のスケジュールに目が留まります。

…金融関係ばっかりやないか

まだ30歳にも満たない若者でも、さすがに違和感を覚えました。さらに、日に日にその数が多くなっていきます。
これが最初に気づいた兆候でした。

支店譲渡

そんな時、部長から大切な話があるから集まるようにと招集がかかりました。どうも、本社より大きくなってしまった支店の受託案件で失敗したらしい。
しかも、ここ数年の支店の決算の数字がデタラメで、事態が明るみに出るのに時間がかかってしまったとのこと。そして、すでに支店の再建が難しい状況にあり、支店そのものを他社に譲渡すると言う話でした。

ビックリしたのと同時に、あーそう言うことやったんか…と妙に納得したのを覚えています。

ウチは元々大阪が本社。本社の経営状況は悪くない。本社メンバーでやり直そう!…たしかこんな話だったと思います。

もちろん、ここまでの話は社外秘でした。
当然、他社の人が知る話ではありません。支店の譲渡も自社サイトではほとんど触れられていませんでした。
ですが、決算の数字がデタラメだったと言うことが知れるのに時間はかかりませんでした。
しがない若手営業マンだった私の耳にも、御社の良くない噂を耳にするのですが…と言う話が入って来るようになりました。

そんな折、ある協力会社から取引を拒否された先輩が「無責任な噂を元に妙なことを言うな。営業妨害だ!」と怒鳴りこむ事件も発生。
あとから考えれば、その協力会社は然るべき筋から正確な情報を入手していたのだと思います。

説明会

それから1、2か月後、創業者(会長)から全員集まるようにと連絡がありました。
さすがにそのころには「やっぱりアカンのか」と言う感じすらありました。
その内容は、支店の受託でコケて、それを隠そうとした支店の長(役員)が決算を粉飾。本社だけで立て直そうとしたものの、粉飾した会社に金融機関が金を貸してくれない。加えて粉飾の情報が出回って大手SIerからの受注が激減。本社の立て直しも断念せざるを得ない…と言うものだった。

倒産まで

その後の社内の雰囲気はすごいものがありました。
事業の引受先を探して奔走する役員。その役員に命じられて倒産が確実なのに開発に没頭するエンジニア。会社を見限って昼間から大っぴらに履歴書を書く若手社員。中にはいつみても画面がヤフオクになっている端末も…。かく言う私もあるシステム屋の面接で同僚に遭遇。課ごと引き取ってくれると言う会社に入る予定が突然消滅。同業者からは「貴方を採用したら社員をなんにん連れてこれるか?」と言う生々しい話もされました。
そして月末、休みの日に帝国データバンクの大型倒産に掲載されました。

その後

どんな手を使ったのか知りませんが、残った経営者は、給与の遅配なく、すべての協力会社へ支払いを済ませて会社を清算。
私はと言うと、上司のすすめてくれた会社に数名のエンジニアとともに面接に行き、採用されました。ですが、つぶれた会社が社員思いの会社であったため、わたしと一緒に行った数名のエンジニアの採用は前職の給与が高すぎて、同程度の待遇は難しいと見送られました。よくしてもらっていたんだな…と後になって知りました、私以外。
ですが、社員や協力会社に迷惑をかけることなく清算してくれたことで、自分の生活はもちろん、営業として、そのころの取引先との関係を壊さずにいられたので、とても感謝しています。

移った会社でエラい苦労したことはこの際、触れないようにします。

その潰れた会社の仲間とは今でもつながっているし、たまに飲みに行ったりもします。
すごい経験をしましたが、とても良い会社であったと思います。

Pocket